プロローグ



戯れにハンディカムで

 微かに揺れる音が響く車内、窓に頭を凭れさせながら左之助は寝ていた。

 穏やかな日差しが左之助の顔を照らすも左之助は起きる事なく口を小さく開いて寝息を立てている。

 前の座席に付属しているテーブルの上には白いビニール袋が置いてあるが、それが開けられた様子は無い。

 画面が少し左之助に寄ると、左之助は口を閉じて微かに眉を寄せ、むにゃむにゃと口を動かす仕草をした。

 不意に上方から旅立ちを歌った曲のメロディ部分のみが流れ、左之助はぎゅっと目を強く瞑り、やがてゆっくりと瞼を上げた。

 目を擦りながら身体を起こし、前の座席に片手をついて前方を見遣る。左之助の視線を追い掛けて其方へ画面を向けると、入口の上部に流れる電子文字が次の目的地を提示していた。

「何でぇ、まだじゃねぇか」

 呟いた左之助に画面を戻すと、左之助は窓に両手を張り付けて外を覗いていた。上から吹く温度調節の風が左之助の上向いた特徴的な髪を僅かに揺らす。

 画面の端にすい、とスケッチブックの端が現れ、リングがついた角が左之助の腰をつつく。

 左之助は振り返り此方とスケッチブックを交互に見比べ、「あ」と口を丸く開けた。

「最初の挨拶な。何かふざけてんのかと思ったらもう撮ってんのかよ」

 やや緊張した口端を誤魔化すように軽く咳払いをした左之助は人差し指と中指を立てて此方に笑ってみせた。

「どーも、相楽左之助でっす。今日から『密着左之助グルメの旅』、始まるぜ」

 ちょきちょきと切る真似をするように二本の指を動かした左之助は座席に座り直し肘掛けに腕を置く。

「この番組は、俺が全国の美味いもんを食べてくっつぅ企画で、ま、色んなとこのもんの美味さを伝えてくから楽しみにしてやってくれや」

 再びスケッチブックが画面端に現れ、左之助の腕をつつく。左之助はスケッチブックを乱暴に取り上げ、紙面に目を落とした。

「意気込み? 意気込みか……そうだなぁ」

 暫く考えるように眉を寄せた左之助は首を傾げ、弄ぶようにスケッチブックのリングを指先でなぞる。

「この企画を最初聞いた時は、流石にちょっと不安だったけど今はすげぇワクワクしてる。飯食うのって楽しいよな。嫌いなもんも特にねぇし、何でも食ってくぜ」

 ちらっと此方を見た左之助はスケッチブックに視線を落とし、紙を摘んで一枚捲った。

「応援のメッセージとかあったらくれ。あと、皆がお勧めの地域や食い物も! 宛先はこちらっ」

 左之グル応援メッセージ応募URLと書かれたスケッチブックが画面いっぱいに寄せられる。

 スケッチブックの横からひょこっと顔を覗かせた左之助は、口を横に広げて悪戯っぽく笑った。

「もしかしたら教えてくれたとこにも食いに行くかもな」

 スケッチブックを伏せて画面の外へ押しやった左之助は、前に向き直り袋に手を掛けた。がさがさと中を探って小さなおにぎりを取り出す。

「これは……駅のコンビニで買ったやつでぇ。いやちゃんと目的地に着いてからも食うぜ。でも移動時間何も食わねぇなんて死んじまうだろ」

 パッケージの隅を摘んで開けた左之助は、白い三角のおにぎりを摘んで取り出した。山の形にしっかりと固定されている筈の米は、それにも関わらずその一粒一粒を柔らかそうに膨らませていた。窓から差し込む光が時折その端をつやつやと輝かせる。

「美味そうだろ?」

 左之助は此方にそのお握りを少し近付けてからまた自分の元に引き寄せる。

「塩おにぎりな。具は入ってない。他は売り切れだったんでぇ。いただきまっす」

 挨拶をするが早いか左之助は大きく口を開けておにぎりを半分程口に入れた。ぱくっと齧り付いて容易く三角形を崩す。

「んっ、んめぇ」

 頬を動かして数度咀嚼しただけで再び口を開け、二口でおにぎりを全て口の中に入れてしまう。袋の内側にこびりついた米粒を人差し指で掬った左之助は指先を軽く咥え、きゅっと小さな音をさせてそれを吸った。

「……足りねー」

 かくんと大きく仰いだ左之助は斜めに倒してある座席に深く沈み天井を見上げた。

「早く着かねぇかな。腹減り過ぎたから寝るわ。着いたら起こして」

 片手だけ伸ばしてカーテンを掴んだ左之助はそれを雑に追いやり頭部分だけに影を作る。

 画面の隅に三度現れたスケッチブックの角で腰をつつかれると、左之助は訝しげに眉を寄せながらまた起き上がってそれを受け取った。

「ん……締めの挨拶? ……えっ、これまだ撮ってんのかよ! 応援メッセージのとこで終わったと思ってたぜ」

 バッと姿勢を正した左之助は『締めの挨拶』と書かれたスケッチブックを胸の前に掲げ、はにかみながら首を傾げた。

「……おにぎりごちそうさまっ!」



 了